マンモスマン太

これが俺の生き様だ

沖縄と太陽光発電

沖縄が、太陽光発電投資対象としていかに魅力的かは、ここまで簡単に説明させていただいたと思います。もちろん、沖縄そのものの魅力を語るには、これではあまりにも不充分だと
いうことも承知しています。しかし、そうした点については、沖縄について語った、他
の数多くの書籍に任せたいと思います。
その上で、私が個人的に沖縄にどのようにして出会い、その魅力のとりこになってき
たのか、そのことを語っておこうと思います。
私が沖縄に出合ったのは、別代後半、おそらく恥歳か師歳くらいだったと思います。
沖縄が日本に返還された時期に相当します。
当時、私は故郷の岡山県から東京に出てきて、工事業などについていました。しかし、
その頃の東京は、ちょうど公害がもっともひどい時期にあたっており、空はスモッグで
覆われていました。現在の中国の北京市と同じような状況だと思っていただいてけつこ
うです。工場や発電所のばい煙が空気を汚染し、多くの人がぜんそくに苦しんでいまし
た。海も川もヘドロで汚れており、美しい自然など、どこにもなかったといってもいい
でしょう。東京を中心に神奈川県や千葉県の東京湾沿岸部なども、工場地帯があり、似
たようなものでした。

そうした中、私は日本にへんかんされたばかりの沖縄を訪れたのです。そこに青いお海と青い空を見た私は、すっかり沖縄にはまってしまったというわけです。
沖縄の自然の美しきは、私の故郷である岡山以上でした。今でも、岡山には美しい山
や豊かな瀬戸内海はありますが、それでも沖縄のほうがはるかに美しいと思います。もっとも、当時の瀬戸内海は、東京圏と同様に、残念ながら工場などの影響で汚染されていたこともあります。今は、美しい瀬戸内海が復活しているので、その点は申し添えておきますが。
日本に返還されたばかりの沖縄は、本土以上の成長のポテンシャルも秘めていたと思
います。しかし、まだ充分に成長しないまま、現在に至っているのかもしれません。と
りわけ、最も期待されていたのが観光産業です。返還から2〜3年後には、100万人
の観光客を呼び込むのが目標となっていました。しかし、この目標達成は少し遅れまし
た。実際の観光客は、帥万〜刊万人にとどまっていたと思います。観光客が本格的に増
えるには、もう少し時間がかかりました。そして現在は毎年およそ700万人の観光客
が訪れています。